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山口地方裁判所岩国支部 平成3年(ワ)18号 判決 1998年7月16日

山口県岩国市青木町一丁目四番三六号

原告

江本俊信

右訴訟代理人弁護士

中村覚

吉川五男

高村是懿

内山新吾

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

内藤裕之

山﨑保彦

藤井敏法

富永勝盛

藤井隆弘

大原邦夫

下方宏展

藤井康智

小林盈

野上隆之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一三〇万円及びこれに対する平成三年三月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書地において、二輪車販売業を営んでいる。

2  原告は、昭和六三年一二月二日、岩国税務署長より、原告の昭和六〇年ないし六二年分の各所得税について、別紙一のとおり更正する旨の決定及び過少申告加算税を賦課する旨の決定(以下「本件更正処分」という。)を受けた。原告は、平成元年一月二五日、岩国税務署長に対し本件更正処分について異議申立てを行い、同年一二月二〇日、岩国税務署長は、別紙二のとおりの異議決定を行った。その後、原告は、平成二年一月一九日、広島国税不服審判所長に対し、審査請求を行った。

3  本件更正処分自体の違法性

(一) 本件更正処分は、原告が入会している岩国民主商工会(以下「民商」という。)に対する岩国税務署長の攻撃の一環として行われたものであって、本件更正処分が行われた当時、昭和五七年ないし五九年の三年分の各所得税について、広島国税不服審判所に審査請求を申し立てていた民商会員の原告に対して報復的、見せしめ的に高額な税額を課する更正処分を行ったものである。すなわち、そもそも申告納税制度のもとでは、税務調査は申告納税額に誤りがある場合などに例外的に許され、反面調査はやむを得ない場合に限って行われるものであるところ、岩国税務署長は、昭和六三年四月から、原告に対する税務調査を開始し、無予告の臨店調査を二回行ったのみで、あえて帳簿書類の検査をしようとせず、原告の仕入先や取引金融機関に対する反面調査を行った。これにより、同年一一月ころには、原告の仕入金額について、ほぼ実額を把握するに至ったのであるから、この仕入金額に、昭和五七年ないし五九年分の所得税についての各更正処分(以下「前回更正処分」という。そのための税務調査を「前回調査」という。)で用いた推計の方法を今回も適用して原告の所得金額を算定することも可能であったが、あくまで報復的、見せしめ的に高額な税金を課することを最優先目的としていたので、原告が仕入れ隠しをしているとの前提にたって総仕入金額を推計し、この目的に合致する架空の「同業者比率」なるものを作り上げ、これを用いて、原告の売上金額・所得金額を推計し、いわば推計を三乗した本件更正処分に至ったのである。

原告は、警察の指導もあり、防犯対策として、原告が販売したバイクについて、「種別台帳」を作成し、防犯ナンバー等を記載しており、これを見れば原告が販売したバイクの台数はすべて判明するところ、これによれば、前回調査時に比べて、本件更正処分の調査時のバイク販売台数は、とりわけ昭和六一年、六二年に大きく減少しているのであり、これが原告の所得金額の減少につながったことは一目瞭然である。しかしながら、岩国税務署の係官は、原告が「種別台帳」を所持していることを知りながら、あえてこれを調査しようともせず、実際に、原告の売上げが減少し、所得金額が減少しているにもかかわらず、それを所得隠しをしているかのごとく勝手な想像のもとに過大な処分を押し付けたのである。

(二) 本件更正処分が、民商に対する攻撃の一環として報復的、見せしめ的に行われたことを推認させる事情として次の事実等が挙げられる。

(1) 昭和六一年七月に岩国税務署長に着任した桑原義幸は、同年秋ころ、岩国ロータリークラブの会合等において、「私が署長でいる間は、民商を避けてとおらない。徹底的に対決する。」などと公言し、民商を敵視する姿勢を明らかにした。

(2) 右桑原署長の意向を受けた岩国税務署員らは、税務調査や修正申告の慫慂等の機会において、民商の会員らに対し、民商からの脱退を条件に税額を安くする旨の利益誘導を行ったり、民商を誹謗中傷して脱退を強要したり、民商の関係者の税務調査への立会いを拒否したりするなどして、露骨な民商攻撃を繰り返した。原告も、岩国税務署の係官から「そろそろ税理士にかわられたらどうですか。」と言われて、暗に民商からの脱会を勧められたが断った。

(3) 本件更正処分に対し、原告は、岩国税務署長に対し、その処分理由の開示を求めたが、もともと高額な所得金額を算出する目的で作り上げられた架空の「同業者比率」によって算出されたものであったから、岩国税務署長は、後記4(一)のように、理由を開示することができなかった。

(4) 岩国税務署長は、報復的、見せしめ的処分を実効あるものとするために、後記4(二)のように、原告から出されていた国税徴収猶予の申立てを不採用とし、原告に対し、財産差押の予告をするに至った。

(5) 岩国税務署長は、本件更正処分の所得金額が余りに真実とかけ離れた高額であったため、本件更正処分を正当化しようと試みたが不可能に終わり、結局異議申立後一一か月が経過した平成元年一二月二〇日、別紙二のように本件更正処分を大幅に取り消す異議決定をせざるを得なかった。

(三) したがって、岩国税務署長は、民商に対する組織攻撃の意図のもとに、民商会員である原告に対して、何ら処分理由が存在しないにもかかわらず、ことさらに税務調査を行い、合理性のない推計課税に基づく本件更正処分をしたのであって、これは、憲法一四条の法の下の平等、一九条の思想・信条の自由、二一条の結社の自由を侵害してなされた違憲、違法な処分である。

4  本件更正処分の理由を開示しなかったことの違法性

(一) 本件更正処分には、いかなる理由に基づいて別紙一(更正後)のとおりの所得金額を算出したものか理由が全く記載されていなかったので、原告は、平成元年一月二五日、本件更正処分に対する異議申立てを行うと同時に、岩国税務署長に対して、本件更正処分の法律上の根拠理由及び計算上の根拠を明らかにするように求めたが、岩国税務署長は、原告に対して、本件更正処分の理由を開示しなかった。また、異議申立ての翌日から三か月経過した平成元年四月二六日において、右異議申立てが係属していたにもかかわらず、岩国税務署長は、原告に対して、国税通則法一一一条に基づく教示を行わず、教示以外の方法によって本件更正処分の理由を明らかにすることもしなかった。原告は、同年一〇月一一日にも本件更正処分の理由の開示を強く求めたが、岩国税務署長は、本件更正処分の理由を開示しなかった。そして、平成二年一一月二一日に至って、原告は、岩国税務署総務課長筒井正史から、「本件更正処分の理由は開示しない。これが岩国税務署長としての最終的な回答である。」旨の回答を受けた。

(二) 原告は、前記異議申立てを行うと同時に、岩国税務署長に対して、国税通則法一〇五条に基づき、納付すべき国税の全額につき、異議申立てに対する決定があるまでは徴収を猶予するように申し立てたが、岩国税務署長は、同年三月六日、右徴収猶予の申立てを不採用にした旨原告に通知し、同年六月二三日、原告と取引のある金融機関に対し、国税滞納処分のため必要があることを示して、原告の預金等の額を調査し、同年一〇月一一日、原告に対し、文書で財産差押をする旨の予告を行った。

(三) 国税通則法一一一条一項は、「異議審理庁は、異議申立てがされた日の翌日から起算して三月を経過しても当該異議申立てが係属しているときは、当該異議申立てに係る処分が審査請求をすることができないものである場合を除き、遅滞なく、当該処分について直ちに審査請求をすることができる旨を書面でその異議申立人に教示しなければならない。」とし、同条二項は、右教示の書面には異議申立てに係る処分の理由を附記しなければならない旨規定しているところ、原告が本件更正処分について岩国税務署長に異議申立てを行った日の翌日から三か月が経過した平成元年四月二六日において、異議申立てが係属していたにもかかわらず、岩国税務署長は、原告に対して、同法一一一条に基づく教示を行わず、また、教示以外の方法によって原告に対し本件更正処分の理由を明らかにすることもしなかったのであるから、岩国税務署長の右行為は、同法一一一条に反している。すなわち、憲法一三条、三一条の適正手続の原則は、刑事手続のみならず広く行政手続全体を規制するものと解されるところ、右原則の最も重要な内容は、告知と聴聞であり、そのためには、税務当局は、更正処分後の救済手続においても、納税者に対し直ちに当該更正処分の理由を明確に開示して、十分な反論ができる機会を与えるべき義務があるのであり、国税通則法一一一条は、右原則を具体的権利として保障しているからである。原告は、岩国税務署長の右行為により、不服審査請求手続等を通じての有効適切な反論の機会を奪われたものである。

また、同法一一一条が処分理由を附記した教示を義務付けているのは、反論の機会を与えるとともに、課税庁に対し、理由なき更正処分をさせないことにより、更正処分の妥当公正を担保する趣旨も含んでおり、この趣旨に反して処分理由を附記した教示を行わなかった以上、たとえその後の審査請求手続において処分理由を開示しても、教示をしなかったという瑕疵は何ら治癒されない。つまり、青色申告者に対して更正処分をする際に理由附記が義務付けられており、それが保障的機能を有することは、福岡高裁昭和四三年二月二八日判決が明快に判断を示していることであるが、かかる要請は、青色申告書も白色申告書も等しく変わりないことであるから、白色申告者についても、たとえ処分時には理由を開示しなくとも、異議申立後三か月が経過した場合には処分理由を附記した教示を課税庁に義務付けることによって、さかのぼって慎重かつ公正な更正処分がされることを期待したものである。

さらに、原告は、理由の開示を受けられれば、直ちにこれに反論し、本件更正処分が、異議審理において、その全部または一部の取消しが見込まれる場合であることを明らかにして、徴収猶予の措置を受けることができたはずである。にもかかわらず、岩国税務署長は、本件更正処分の理由を開示せず、原告の反論の機会を事実上封殺しながら、他方では、前記(二)のように原告に対する国税の徴収については厳しくその履行を迫ったのであり、これは著しく不当なものである。

(四) 岩国税務署長は、原告とともに異議申立てを行った別の者に対しては、国税通則法一一一条に基づく教示を行った上で異議申立てを棄却する決定をしており、原処分が維持できる場合には理由を開示し、原処分が維持できない原告のような場合には理由を開示していない。かかる不合理な差別的取扱いは、憲法一四条の法の下の平等に反するものである。

(五) 以上のとおり、岩国税務署長が、原告に対し、国税通則法一一一条に違反して更正処分の理由を附記した教示を行わなかったことは、憲法一四条の法の下の平等、一三条、三一条の適正手続の原則に違反する違憲、違法な行為である。

5  損害 金一三〇万円

(一) 慰謝料 金一〇〇万円

原告のような中小自営業者にとって税金問題は最大の関心事の一つであり、国税に関して税務当局との間に紛争が発生した場合も、速やかにこれを解決したいというのは当然の要求であるが、岩国税務署長によって違法な本件更正処分がなされ、その理由も開示されなかったので、速やかな紛争解決ができなかった。しかも、岩国税務署長は、他方では、原告の国税徴収猶予の申立てを不採用にし、原告と取引のある金融機関に対し原告の預金等の額を調査するという原告の金融機関に対する信用を失墜させるような調査まで行って、原告に対し国税の徴収を厳しく迫った。

これにより原告は多大な精神的苦痛を受け、その苦痛を慰謝するためには金一〇〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用 金三〇万円

6  よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、本件各行為による損害金一三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年三月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁及び反論

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2(一)  請求原因3(一)のうち、原告が昭和五七年ないし五九年の三年分の各所得税について広島国税不服審判所に審査請求を申し立てていたこと、及び、岩国税務署の係官が昭和六三年四月から原告に対する税務調査を開始し、原告の仕入先や取引金融機関に対する反面調査を行ったことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(二)(1)  同3(二)(1)及び(2)は否認する。

(2) 同3(二)(3)のうち、原告が岩国税務署長に対して、本件更正処分の理由開示を求めたこと、及び、岩国税務署長がこれに対する理由開示をしなかったことは認めるが、その余は否認する。

(3) 同3(二)(4)のうち、原告から出されていた国税徴収猶予の申立てを不採用とし、原告に対し、財産差押の予告をしたことは認めるが、その余は否認する。

(4) 同3(二)(5)のうち、平成元年一二月二〇日に、本件更正処分に対する異議決定を行ったことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(三)  同3(三)は争う。

(四)  税務署長が課税処分を行うに当たっては、納税者による確定申告の内容及び税務調査により収集した証拠資料を基礎とし、これらを総合勘案して課税要件事実の存否を認定し、これにより関係法規を解釈適用して処分を行うのであるから、税務署長が、当該処分をなすにつき、証拠資料の収集、及びこれに基づく認定判断において職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と課税処分をしたと認めるような事情がある場合に限り国家賠償法上違法であるとの評価を受けるものと解されるところ、岩国税務署長の本件更正処分においては以下のとおり右のような事情はない。

(1) 本件更正処分の経緯

原告は、税務調査について、民商の役員、事務局員らの調査の立ち会いに固執するなどして、何ら帳簿書類を提示せず、税務調査に協力しなかったもので、岩国税務署長としては限られた証拠資料によって仕入金額及び所得金額を算定せざるを得なかったのであり、その算定方法は反面調査によって、仕入金額を把握しつつ、その把握された仕入金額に前回調査時の仕入把握率六五・六パーセントを適用して、本件更正処分の調査の未把握仕入部分を推計して売上金額の基礎数値たる総仕入金額を算定し、これに類似同業者の平均売上原価率及び平均所得率を適用して所得金額を算定したものである。

(2) 本件更正処分に係る異議決定における事業所得の金額の算定

岩国税務署長は、本件更正処分に対する異議申立てに係る調査、審理の結果、特定商品仕入金額を基礎数値として、特定商品仕入金額が同規模の類似同業者を選定し、右類似同業者の特定商品仕入金額に対する収入金の倍率(平均収入倍率)を適用して推計売上金額とし、これに右類似同業者の平均所得率を適用して異議決定に係る所得金額を算定した結果、その額が別紙二のとおりとなり、原処分に係る所得金額を下回ることとなったので、本件更正処分の一部を取り消した。

よって、岩国税務署長が、原告の所得金額を認定するに当たり、収集し得た限りの直接、間接の証拠資料に基づき、合理的な方法によりこれを算定したものであることは明らかであり、何ら違法はない。

3(一)  同4(一)及び(二)は認める。

(二)  同4(三)のうち、国税通則法一一一条一項、二項がこのように規定されていることは認め、原告に対する国税の徴収については厳しくその履行を迫ったとの点については否認し、その余は争う。

(三)  同4(四)及び(五)は争う。

(四)(1)  国税通則法一一一条一項の規定は、同法の中で、救済手段の一環として手続きの円滑化を図り、審査請求が行われることを背後から確保する規定であって、一連の手続きの中で、行政側に、行政法上の義務として課したものに過ぎない。また、同条二項の趣旨は、審査請求しようとする者がこれらの措置によりあらかじめ処分理由を知り、これに対する自己の主張を明白にすることができるよう配慮されたものであり、審査請求書に記載すべき審査請求の趣旨及び理由は、「通知されている処分の理由に対する審査請求人の主張が明らかにされていなければならないものとする。」(同法八七条三項)とあるが、国税不服審判制度の下では、審査請求の調査審理の対象範囲は処分の当否とされ、請求人の不服申立ての理由等に何ら拘束されることなく、当事者から主張がなくとも職権をもって処分の当否に係る違法性、不当性の存否をあらゆる角度から調査審理し、争いのない事実であってもこれを調査により認定し、さらには原処分の理由ないし審査請求の理由とは全然別個の新たな事実についても審査できるのであるから、当事者からの主張が不十分であっても、審判官が職権をもって処分の当否に係る違法性、不当性の存否をあらゆる角度から調査審理することになっているのであり、何らかの正当な事由により原処分の理由を知り得なかった場合に、その記載内容が不十分であることのみをもってその審理請求が不適法となるものではないから、本件更正処分の理由不開示が、当然に国家賠償法上の違法を生起させ得るものではなく、逆に、国税通則法一一一条が納税者の教示される権利を保障したとしても、これが手続きを離れて、独立の法的利益として保障されたものではない。

そして、原告からの審査請求は、適式に国税不服審判所に受理されており、教示の目的は、すでに消滅しているというべきである。

(2) また、岩国税務署長が原告の徴収猶予の申立てを不採用にしたことについても、国税通則法一〇五条は、不服申立てと国税の徴収の関係につき執行不停止を原則としているところ、同条二項は、異議審理庁が必要があると認めるときは、国税の徴収を猶予することができるとするものであり、右「必要があると認めるとき」とは、不服審査基本通達通則法一〇五条関係二において、<1>異議申立ての対象となった処分の全部または一部につき取消しが見込まれるとき、<2>徴収の猶予をしても異議申立ての対象となった処分に係る国税の徴収に不足を生ずるおそれがないと認められるとき(異議申立てに理由がないと認められるときを除く。)、<3>異議申立てにある程度理由があり、かつ、滞納処分を執行することにより納税者の事業の継続または生活の維持を困難にするおそれがあると認められるとき、以上いずれかに当たる場合をいうものとされているところ、異議審理庁である岩国税務署長は、平成元年三月六日ころ原告の徴収猶予の申立てには右通達のいずれにも該当する事由がないと判断して、徴収の猶予の申立てを不採用にしたものであり、何ら違法はない。

4  請求原因5(一)及び(二)は争う。

理由

一  請求原因1、2の各事実、同4(一)(二)の各事実、請求原因3の事実のうち、原告が昭和五七年ないし五九年の三年分の所得税について審査請求を申し立てていたこと、岩国税務署の係官が昭和六三年四月から原告に対する税務調査を開始し、原告の仕入先や取引金融機関に対する反面調査を行ったこと、原告が岩国税務署長に対して本件更正処分の理由開示を求めたこと、岩国税務署長がこれに対する開示をしなかったこと、原告から出されていた国税徴収猶予の申立てを不採用とし、原告に対し財産差押えの予告をしたこと、平成元年一二月二〇日に本件更正処分に対する異議決定を行ったこと、同4(三)の事実のうち、国税通則法一一一条一項、二項の文言については、当事者間に争いがない。

そして、本件の主要な争点は、要するに、<1>本件更正処分自体に違法性があったか否か、<2>国税通則法一一一条に基づいた更正処分の理由を附記した手続きの教示をしなかったことが違法であるか否か、<3>原告に生じた損害、以上の三点であるところ、本件訴訟は、国家賠償法に基づき原告に発生した損害の賠償を求める訴訟であるから、税務署長が資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り、国家賠償法一条一項にいう違法があったとの評価を受けるものである(最高裁平成元年(オ)第九三〇号、同第一〇九三号・平成五年三月一一日第一小法廷判決)。したがって、原告の主張する各行為の違法性については、被侵害利益の種類・性質、侵害行為の態様及びその原因、当該問題となる行為に対する被害者側の関与の有無・程度、並びに損害の程度等の諸般の事情を総合考慮した上で決定すべきである。

右のとおりの観点から、以下、主要な争点について順次検討する。

二  本件更正処分自体の違法性

1  原告は、岩国税務署長が、民商攻撃の意図のもとに、民商会員である原告に対して、ことさらに税務調査を行い、合理性のない推計課税に基づく本件更正処分をしたことは、民商に対する攻撃の一環であって、憲法一四条、一九条、二一条に違反した違憲、違法な処分であると主張する。そこで、原告に対する税務調査の必要性や推計課税の合理性等について、以下検討する。

2  甲第一ないし第三、第一四ないし第一九、第四〇、第五七号証、乙第四、第五、第一〇ないし第一五号証、証人古谷浩治の証言、原告本人尋問(第一、二回)の結果及び弁論の全趣旨に、前記争いのない事実を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和六〇年ないし六二年度の確定申告の所得金額について、昭和六〇年分一〇五万円、同六一年分一〇〇万円、同六二年分一〇八万一〇〇〇円と申告した。右金額は、端数が計上されておらず、また前回調査により推計した所得金額に比較して大幅に減少していた。また、右確定申告書には所得税法一二〇条四項所定の必要書類が添附されていなかった。そのため、岩国税務署長は、昭和六三年四月ころ、岩国税務署の係官に、原告の昭和六〇年ないし六二年の所得金額等の税務調査を行わせた。

(二)  原告は、係官の臨店調査に対して、前回更正処分の審査請求中であるのに新たな調査を受けることへの抗議をしたり、民商の役員ら第三者の立会いに固執するなどして、帳簿書類の提示をしなかった。

(三)  そこで、係官は、前回調査において確認されている仕入先に対し、取引金額の照会等を行って、原告の事業実態の把握に努めた。その結果、把握できた仕入金額は、昭和六〇年分二七九八万九二八四円、昭和六一年分一九八九万七六七二円、昭和六二年分一八七六万二〇〇六円と、前回調査において把握した金額と比較してかなり減少していた。しかも、前回調査において存在が確認されている現金仕入れ及び取引先名が明らかにされていない現金決済の掛仕入れについては、原告からの帳簿書類の提示がなく、これらを実額で把握することはできなかった。

(四)  そのため、係官は、原告の取引金融機関を調査したところ、右(三)で把握した仕入金額以外に、未把握の仕入先に対する買掛金の支払いに充てられたと認められる小切手の決済や、現金の振込みによる送金などを確認し、右(三)で把握した仕入金額以外の未把握の仕入れが多額にのぼると推測した。

(五)  また、前回調査の結果により判明していた、現金仕入用の資金や生活費等を差し引いた残りの現金が預け入れられていた岩国市農協灘支所の原告名義の普通貯金口座と、信販会社からのクレジット代金及び損害保険会社からの手数料が振り込まれていた山口銀行川下支店の原告名義の普通預金口座に関して、その預け入れまたは振込入金額の状況(以下、これらの累計額を「入積額」という。)と、前記(三)で把握した仕入金額に前回更正処分に関わる審査裁決において採用された売上原価率の平均七七・四パーセントを適用して各年分の推定売上金額を仮に算出して対比すると、別紙三のとおりであるが、これでは入積額が推定売上金額を上回ることとなるから、係官は、少なくとも右上回る売上金に対応する仕入れとして、前記(三)で把握した仕入金額以外に把握していない仕入れが存在することを推認した。そして、前回調査時からの金額の変化にも着目し、山口銀行川下支店の普通預金口座の入積額はさほど変化がなかったのに対して、原告が手持ち現金を増やすことで容易に調整することが可能な岩国市農協灘支所の普通貯金口座の入積額が前回調査以降異常に減少していることなどから、反面調査で把握しにくい現金仕入れを多く行うようになったものと推認した。

(六)  そこで、係官は、前記(三)で把握した仕入金額に、前回調査時における仕入把握率(前回調査で係官が調査により把握した仕入金額を原告申告の売上原価の額で除した割合)の平均値六五・六パーセントを適用して、未把握の仕入部分を算出して総仕入金額を推定し、これに類似同業者の平均売上原価率を適用して、別紙四のとおり、売上金額を推定した。さらに、類似同業者の平均所得率を適用して、別紙一(更正後)のとおり、営業所得金額を推定した。

右類似同業者の平均売上原価率、平均所得率は、岩国税務署の近隣署管内に所在し、原告と同種の二輪業者で、売上げまたは仕入れの額において比較的規模が近い業者で、前回調査の際に利用した約八業者を含む一〇業者位の中から、業態等の変更や規模の拡大縮小によって原告の営業実態と類似性が乏しくなった業者を除いた四業者を選定して、平均値を算定したものである。

3  以上認定した事実によれば、原告の本件更正処分にかかる確定申告は、前回調査の結果に比較して低調であり(社会保険料等を控除すると到底生活を維持することは不可能な額である。)、また、端数も計上されておらず、正確な帳簿書類に基づいた的確な根拠を有する申告とは考えにくく、税務調査の必要性は十分認められる。そして、調査の過程で、原告が第三者の立会いに固執するなどしたために、係官が原告から帳簿書類の提示を受けられず、帳簿書類による実額の把握ができなかったことから、反面調査に移ったことにも理由がある。この点、原告は、その本人尋問において、帳簿書類は用意して提示したのに、係官が勝手に調査を拒絶したかのように供述するが、税務調査から異議審理まで通じて、結局帳簿書類の提示がなされていないことからして、この供述は信用しがたい。

そして、反面調査によって把握できた仕入金額が前回調査の際に把握した総仕入金額と比較して減少しており、前回調査と違って、原告からの帳簿書類の提示がないために補充できない仕入れが現に存在し、前記入積額の異常さなどから、把握できない現金仕入れの額が多いことが推認されたことから、前回調査で明らかになっている原告自身の総仕入金額と把握できた仕入業者についての仕入額との比率によって総仕入金額を推定したことには合理性があったといえる。そして、その総仕入金額を基準にして、類似同業者比率を用いて推定売上金額・営業所得金額を算定したことも、通常の推計課税の手法であって、取り立てて不合理な点は認められない。また、採用された類似同業者比率について、原告の主張するような架空のものであったと認めるに足りる証拠はない。

原告は、仕入金額が減少した原因は、バイクの販売不振で売上げが落ち込んだからであり、これは原告が所持する「種別台帳」を見れば分かると主張するが、前述のとおり、結局税務調査時には原告は帳簿書類を提示しなかったのであるし、かえって、証人古谷浩治の証言によれば、係官は、岩国市及びその周辺の地区内において、同業者の売上げに極端な変化は認められなかったことを確認しているのであるから、前記入積額の異常さからして、把握している仕入金額以外に未把握の仕入れが存在すると推認したことには、合理性がある。

したがって、本件更正処分の調査の必要性、推計課税の必要性・合理性は十分認められるから、本件更正処分自体に国家賠償を認めるに足りる違法性はないというべきである。

4  なお、本件更正処分は、異議決定で一部取り消されており、取り消された部分については、推計課税の合理性がなかったと考える余地がないわけではない。

しかしながら、同一の事案にあっても、そもそも幾通りもの推計の方法があるわけであるから、一部取り消されたからといって、そのことのみをもって直ちに原処分が国家賠償法上の違法性を帯びると即断することはできない。本件更正処分の異議決定は、後記三3で認定のとおり、異議審理の過程において、より実額に近似する推計方法を模索して見直しを行った結果であり、当初の本件更正処分自体に合理性がある以上、後に異議決定によって一部取り消されているからといって、さかのぼって、本件更正処分が、国家賠償を認めるべき違法性を帯びるということはできない。

5  また、原告が主張するような、当時の岩国税務署長が民商を敵視した発言をした等の事情は、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

そして、税務調査・更正処分が民商攻撃のためなどの他事考慮を理由として違法であるというためには、調査・処分の必要性がなかったか、あるいは極めて薄弱であったにもかかわらず、調査・処分が行われたことが前提となるが、本件更正処分に関しては、税務調査・更正処分ともにその必要性があったことは前述のとおりであるから、他事考慮を理由として違法であるとは認められない。

したがって、本件更正処分自体が、民商攻撃の意図のもとになされたものとして違法であるとはいえない。

三  本件更正処分の理由を開示しなかったことの違法性

1  原告は、岩国税務署長が原告に対し、国税通則法一一一条に違反して更正処分の理由を附記した教示を行わなかったことは、憲法一四条、一三条、三一条に違反しており、国家賠償法上の違法性があると主張する。

異議申立ての審理中、国税通則法一一一条に基づく教示をしなかったこと自体は当事者間に争いがなく、右事実は、同条の規定に「遅滞なく」とあることからすれば、同条に違反するものである。しかし、それにより直ちに国家賠償を認めるほどの違法性があったと結論付けることはできない。前述のとおり、違法性については、被侵害利益の種類・性質、侵害行為の態様、被害者側の関与の有無・程度等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。

2  まず、被侵害利益に関して、国税通則法一一一条は、その第一項で「異議審理庁は、異議申立てがされた日の翌日から起算して三月を経過しても当該異議申立てが係属しているときは、当該異議申立てに係る処分が審査請求をすることができないものである場合を除き、遅滞なく、当該処分について直ちに審査請求することができる旨を書面でその異議申立人に教示しなければならない。」と規定し、第二項で「第八十九条第二項(処分の理由の附記)の規定は、前項の教示に係る書面について準用する。」と規定している。

第一項の救済手段の教示は、制度、法令について国民が不知のため救済の機会を失することがないようにとの配慮から定められたものである。そして、第二項の理由の附記は、白色申告の更正のように不服申立てに係る処分の理由が書面で通知されていないときは、処分の理由を教示書に附記することを要求し、納税者が、白色申告等の場合にもあらかじめ処分の理由を知り、これに対する自己の主張を明白にすることができるように配慮されたものである。(甲第六〇号証参照)

右規定の趣旨からすれば、救済手段の教示及び理由の開示を受けることは、納税者に対して救済を受ける機会を実質的に保障するものとして、法的保護に値する利益であるというべきである。したがって、その侵害の態様等の如何によっては、国家賠償法による救済の対象となり得る法的利益であると解する。しかしながら、同条二項は一項の救済手段の教示を前提にしているのであるから、救済手段の教示から離れて独立の権利を納税者に与えたものであるとまではいえない。

そして、誤った教示をした場合や、教示がなかった場合等について、国税通則法や行政不服審査法の中に、これらの場合に納税者が不利益を受けないよう救済する諸規定(国税通則法一一二条、七五条四項二号、七七条六項等、行政不服審査法一八条ないし二〇条、五八条等)を設けていることからすれば、第一次的には手続内で解決することが予定されているものであり、被侵害利益の性質としては、手続的な色彩の濃い利益であるといえる。

3  次に、甲第一ないし第一〇、第一二、第二二、第三五ないし第三八、第四三、第四四、第七〇号証、乙第一、第一六、第一七号証、証人岩谷建治の証言、原告本人尋問(第一、二回)の結果及び弁論の全趣旨に、前記争いのない事実を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、前回調査において、帳簿書類を岩国税務署の係官に教示したが、損害保険手数料やクレジット、現金による売上げの一部につき帳簿書類に計上漏れがあり、納品書等の原始記録の一部が保存されておらず、現金出納帳を備え付けていなかったことなどから、青色申告の承認を取り消され、推計課税された。

原告は、前回更正処分に対し、異議申立てを経て、審査請求をした。その各審査請求書には、その理由として、概ね「原告の申告は実額に基づくものである。その根拠となる帳簿書類は存在しているので推計課税は不当である。異議審理の経過も踏まえていない処分は無効である。」旨記載しているが、それ以上に具体的な理由を記載してはいない。

(二)  原告は、平成元年一月二五日、岩国税務署長に対し、本件更正処分について異議申立てをし、これに併せて、口頭意見陳述の機会を与えてもらいたい旨が記載された申立書等を提出した。

(三)  右申立てを受けて、岩国税務署長は、所得税・資産税第一部門統括国税調査官小田明治(以下「小田統括官」という。)に対し、口頭意見陳述の機会を与えるよう指示し、平成元年二月一七日、第一回口頭意見陳述の期日が開かれた。右期日において、原告は、前回更正処分が過大な処分であった旨、本件更正処分が前回更正処分を正当化するために作為的になされたものである旨、本件更正処分は、仕入金額が前回更正処分に比較して下がっているのに反対に所得金額及び税額は逆に上がるという矛盾点がある旨陳述し、さらに本件更正処分の理由を具体的に示すよう求め、前回更正処分の審査請求手続における原処分庁の答弁書を読み上げるなどした。

(四)  岩国税務署長は、平成元年三月六日ころ、原告の徴収猶予の申立てには、処分の取消しが見込まれる場合等を掲記する不服審査基本通達通則法一〇五条関係二のいずれの場合にも該当しないと判断して、原告の徴収猶予の申立てを不採用にした。

(五)  平成元年四月三日、小田統括官及び上席調査官高杉克彦(以下、「高杉上席調査官」という。)を聴取者として、第二回口頭意見陳述の期日が開かれた。右期日において、原告は、仕入金額の実額を明らかにすると称して、持参した段ボール箱三箱分の納品請求書を一枚ずつ読み上げ始めた。小田統括官は、実額により所得金額を明らかにするために仕入れの内容を陳述するのであれば、各年度分ごとに分けて、各取引先ごとに陳述するよう要請したが、原告はこれに応じなかった。そのため右期日は打ち切られた。

(六)  高杉上席調査官は、平成元年四月二〇日、異議調査を行うべく原告と電話で調査日程を協議したが、原告は、口頭意見陳述が優先すべきであると主張して、日程調整に応じなかった。

小田統括官及び高杉上席調査官は、平成元年六月二一日、異議調査のために、原告宅に臨場したところ、原告の代理人が同席していたため、守秘義務の問題があるとして第三者の退席を要請したが、原告は、これに応じなかったため、異議調査は目的を達しなかった。

(七)  平成元年七月の定期人事異動に伴い、小田統括官の後任に、岩谷建治統括国税調査官(以下「岩谷統括官」という。)が着任した。岩谷統括官は、原告が口頭意見陳述の機会に仕入金額を実額で明らかにする旨繰り返していることから、それが明らかになれば、より真実に近似した数額が把握でき、より合理的な推計が可能になると判断し、口頭意見陳述を継続した上、速やかに異議調査に移行し異議決定をすることが最善の方法であると判断したが、他方で、高杉上席調査官に、本件更正処分の推計方法以外に合理的な推計方法がないかどうかも検討するよう指示した。

(八)  高杉上席調査官は、平成元年七月二八日、原告宅へ架電し、異議調査の申入れをしたが、原告は口頭意見陳述を優先させるべきであると主張して異議調査に応じようとしなかった。そして、原告は、平成元年一〇月一一日、口頭意見陳述の再開の申立てをし、これに併せて国税通則法一一一条に基づく教示をするよう要求した。その間、高杉上席調査官は、バイクや自転車の仕入れ以外の「その他の商品」の仕入金額を基礎数値として推計する方法であれば、実額を基礎とすることができることから、より合理性は高まると判断し、岩谷統括官からこの方法を検討することの了解を得た。

(九)  その後、原告からの教示の要求に対し、岩国税務署長は、高杉上席調査官に教示を検討するよう指示した。

(一〇)  平成元年一一月九日に開かれた第五回口頭意見陳述において、原告は、従前同様納品請求書を一枚ずつ読み上げ始めたため、期日は打ち切られ、岩谷統括官は、教示は行う方向で検討する旨発言した。

(一一)  平成元年一一月二八日に開かれた第六回口頭意見陳述において、高杉上席調査官が、原告らの陳述内容がこれまで陳述した内容と同様であるなら、要点のみの録取をする旨告げたところ、原告らはその説明に納得せず、当日の口頭意見陳述を行わなかった。そこで、岩国税務署長は、原告は最終的に口頭意見陳述の機会を事実上放棄したものと判断し、また、異議調査に協力する意思がないものと判断した。

(一二)  岩国税務署長は、原告の総仕入金額の一部を推計するよりも、「その他商品」の仕入金額を基礎に推計する方がより合理性が高まると判断し、推計の方法を変更することとした。その結果、原処分の一部の取消しが見込まれたことから、岩国税務署長は、異議決定が、本件更正処分と異なる内容となるので、取消しの対象となる本件更正処分の理由を開示して審査請求をさせた場合、かえって原告の権利救済が遅れ、また無用の混乱を招くと判断し、平成元年一二年二〇日、別紙二のとおり、原告の異議決定を行った。

4  以上認定した事実を前提に検討するに、そもそも国税通則法一一一条二項の理由の開示は、審査請求という救済手段の教示に付随するものであるところ、原告は、前回更正処分に関して審査請求をしているのであり、救済手段として、異議申立ての他に、国税不服審判所に対する審査請求が存在することは知っていたのであるから、初めて救済制度を利用する者に比べれば、手続きの教示を受けることの重大性は相対的に低いということができる上、原告が国税通則法一一一条の教示を要求したのは平成元年一〇月一一日ころであるところ、原告本人尋問(第二回)の結果によれば、そのころ教示の規定を知ったが、そのころは審査請求をする意思はなく、ただ教示により本件更正処分の内容を知りたいだけであったというのであり、原告は、右規定の存在を知ったことから異議申立て後三か月経過した後は審査請求ができることも熟知していながら、審査請求をするためではなく、教示によって本件更正処分の理由を知ることだけを目的として申入れ等をしていたものであり、これは救済手段の教示を離れて理由の開示を求めるものであるから、教示を受けなかったことによって原告が被った不利益は相当低いといわざるを得ない。

右のとおりの被侵害利益の態様に加えて、異議審理において、原告が口頭意見陳述で仕入金額の実額を明らかにすると言いつつ、納品請求書を一枚ずつ読み上げようとするなど不適切な対応に出たため、手続きをやみくもに紛糾させ、結局いたずらに時間を経過させた経緯からすると、異議審理が遅延したことには被害者側の関与が大きいこと、異議審理の担当者において、原告が明らかにするという仕入金額の実額が分かれば真実に近い所得額を推計することができると期待して口頭意見陳述を重ねたことはもっともであること、岩国税務署長において、より実額に近い推計方法を模索して、異議決定によって一部取消しが見込まれた時点で、取消前の更正処分の理由を開示することは原告の権利救済を遅らせ、無用の混乱を招くとの判断をしたことは、紛糾を極めた異議審理の経過に照らして十分首肯しうること等の事情を総合考慮すると、本件更正処分の理由を開示しなかったことは、いまだ国家賠償を認めるに足りる違法性があるとまではいえない。

5  また、原告は、青色申告の場合、更正処分自体に附記することが法律上要求されている理由について、これが不備であれば違法であり、その瑕疵は審査裁決では治癒されないとの趣旨の判例(福岡高裁昭和四三年二月二八日判決(上告審は最高裁第三小法廷昭和四七年一二月五日判決))を引用して、白色申告の場合も、理由の開示には更正処分の妥当公正を担保する趣旨を含んでいると主張する。

しかし、青色申告の場合には、更正処分時に理由の附記を義務付けることは、納税者に法定の帳簿書類に正確な記載を求めていることに対応して、帳簿書類の記載を無視して更正処分がされないことを担保する趣旨であるのに対して、帳簿書類の記載に関して厳格な要求がない白色申告の場合には、更正処分時に理由の附記を義務付ける規定はそもそも存在せず、また、前記のとおり推計課税が許されるなど制度自体に大きな違いがある以上、本件事案は、原告が引用する判例とは事案を異にし、主張自体失当というほかない。

6  そして、原告は、理由の開示を受けられれば、直ちにこれに反論し、本件更正処分が、異議審理において、その全部または一部の取消しが見込まれる場合であることを明らかにして、徴収猶予の措置を受けることができたはずであると主張するが、本件更正処分を一部取り消す旨の異議決定は、実額立証とは無関係の単なる推計方法の見直しによって出されたものであって、異議審理の経過とは基本的に無関係であるし、そもそも徴収猶予の申立てを不採用としたこと自体は、通達にしたがって判断されたものであるから、これにより、本件更正処分の理由の開示を行わなかったことにつき、何ら違法性が生じるものではない。

7  さらに、原告は、同時期に異議申立てをした別の人物には教示をしながら、原告には教示をしなかったのは、憲法一四条に反すると主張するが、前記4で検討したとおりの個別的な経緯や事情から理由の開示がされなかったのであるから、原告の主張は理由がない。

四  以上のとおり、原告の主張する諸点に関して、岩国税務署長の処分等には、いまだ国家賠償を認めるに足りる程度の違法性はないものというべきであるから、その余の争点を検討するまでもなく、原告の請求は理由がない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相瑞一雄 裁判官 田村政巳 裁判官 坂上文一)

別紙一

<省略>

別紙二

<省略>

別紙三

<省略>

別紙四

<省略>

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